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2013年3月 1日 (金)

コアラ、そしてゴリラ贈呈

名古屋の東山動物園とオーストラリア・シドニーのタロンガ動物園との間での、中日新聞の記事があった。

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 「雄のゴリラはいらないかい?」。
2003年の秋、オーストラリア・シドニー。
コアラを受け取るため現地のタロンガ動物園訪れていた、当時、東山動物園の飼育係長だった橋川央(58)に、タロンガのなじみの職員が意外な一言を切り出した。
希少なニシローランドゴリラの贈呈話だ。
 確かに当時、東山にいたニシローランドゴリラは雌だけ。
国内で雄をもらえる園がないか探していたが見つけられず、繁殖は大きな課題になっていた。
しかし「タロンガ側はこのことを知らないはず。僕がゴリラの担当だったわけでもない」。
戸惑いながらも、橋川は大喜びする日本の仲間たちを思い浮かべ「ぜひ、ください!」と即答した。

 名古屋とシドニーは1980(昭和55)年、姉妹都市の提携を結んだ。
友好の証しとして4年後、日本で飼育されたことがないコアラがタロンガから贈られた。
東山は、近くの平和公園で餌のユーカリを栽培するなど、万全の態勢で受け入れた。
 獣医師でもある橋川は、タロンガから借りた文献も訳しながら、コアラの生態を観察、徹底的に研究した。
そんな努力もあってわずか2年後、日本で初めてコアラの赤ちゃんが生まれた。
東山からも2001年タロンガが熱望していたインドサイを贈り、両園の交流はさらに深まった。

 そして03年。ゴリラのプレゼント話が突如として湧く。
当時、タロンガではニシローランドゴリラの親子同士の仲が問題になっていた。
ゴリラは大きくなると群れのリーダーと争う。
当時6歳だった雄の「シャバーニ」と父親の仲が心配されていたのだ。
 コアラを手始めに信頼関係を築いてきた両園の思惑が、図らずしも一致した瞬間。
「運命のような偶然だった」と橋川は今でも信じられないという表情を浮かべる。
検疫などの手続きに時間はかかったが、シャバーニは07年、東山へやって来た。
 すぐに年上のネネと同居を始め、赤ちゃん誕生への期待が膨らんだ。
だが、3年半たっても子どもはできなかった。
相性が合うもう一頭の雌、アイとの間には待望の赤ちゃんが生まれたが、子育てがうまくいかず、生後間もなく死んだ。
 諦めムードも漂いだしたが、昨年4月に妊娠したことが分かり、一度は断念したネネとの間に11月、赤ちゃんが生まれた。
ネネはもう40歳以上。
ヒトだと60歳を超える年齢といい、世界でも珍しい超高齢出産だった。
 赤ちゃんは今、すくすく育っている。
お父さんになったシャバーニは、ネネに抱かれっぱなしの赤ちゃんを穏やかな目で見つめ、時折やさしく触っている。
 今や園長となった橋川。
世界各地の動物園とさまざまな交流を重ねてきたが、10年前のあの瞬間を思い起こしながら、しみじみと語る。
「信頼の積み重ねが生んだ、奇跡でした」 =敬称略

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 世界中の動物園は、手塩にかけた動物同士の交換を通じて絆を深め合っている。
中でも希少動物の交換、繁殖は絶滅のリスク低減にも一役買う。
ゴリラの赤ちゃん誕生を機に、東山動物園の「動物交流」の現場を見た。

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