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2015年9月18日 (金)

東山動物園(1) 東洋一

先日の中日新聞に、東山動物園の戦時中のことが載っていた。

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 名古屋市中心部を西に見下ろす高台に位置する東山動物園(千種区東山元町)。
東京の上野動物薗に次ぐ国内2位の来場者数を誇る。
名古屋観光の顔としても市民の憩いの場としても定暮しているが、かつて戦争に靭弄(ほんろう)された時代もあった。
戦前から戦後に至るまで、名古屋とともに歩んだ動物園の80年近い歴史をひもとく。

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 眼前に広がるのは、山野を切り開いた広大な敷地。
人波に乗って歩けど歩けど、目的の動物まではなかなかたどりつかなかった。
「とにかく広く、立派なところだ」。
当時小学生だった吉野常雄さん(88)=守山区小幡南=は、感心しながら歩き回った。
1937(昭和12)年3月に開園した直後の東山動物園。
市街地から離れた場所にあり、人が集まらないのではないかとの不安の声も聞かれたが、オープンしてからは来園者が連日押し寄せた。
その威容と、ホッキョクグマ、カバ、シマウマなどの豊富な種類の動物の展示内容から「東洋一の動物園」と呼ばれた。
 もともと、東山動物園の歴史は1890(明治23)年に動物商の今泉七五郎が、中区前津町で自ら集めた動植物1000種類余りを公開したことに始まる。
動植物は大正時代に市に寄贈され、昭和区の鶴舞公園内に「名古屋市立鶴舞公園付属動物園」として開園。
東山公園へ移転するまでの19年間、市民の動物園として親しまれた。
鶴舞公園の一角には、現在も当時の動物園の門が残る。

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 東山動物園の広大さに感心した吉野さんは、父が今泉と知り合いだったこともあり、幼いころ、兄たちに連れられ鶴舞公園の動物園もよく訪れた。
迫力あるライオンやトラ、クマなどの動物たちの光景は今でも鮮明に覚えている。
 だが、新たに東山に移転した動物園はやはり別格だった。
ゾウやキリンなど大きな動物が広い園を闊歩(かっぽ)する姿を見て、「すごい動物がいるものだ」と驚くほかなかった。
 東山での開園4ヶ月後に起きた虜溝橋事件を契機に日中戦争が始まると、「東洋一の看板を背負った施設は、その集客力の高さから、国威発揚にも活用されるようになる。
1937年の暮れ、サーカス団から購入された4頭のゾウが、日章旗と軍艦旗に飾られて来園。
軍歌に乗せて演じる曲芸が人気を博した。
翌38(昭和13)年11月、旧日本軍が中国の都市・武漢を占領すると、全国を包んだ祝賀ムードに合わせるように、ゾウたちも戦闘服姿になって戦勝を祝った。
 当時の名古屋新聞(現・中日新聞)には、兵士とともに戦場で散った軍馬や軍犬の慰霊祭が東山動物園で営まれ、「おそろいの晴衣装を着た4頭の象くんが、お得意の曲芸で坊ちゃん、嬢ちゃんのご機嫌を取り結んだ」と記されている。
 太平洋戦争に突入して戦局が悪化すると、人々の生活は戦争一色。
動物観覧どころではなくなった。
中学生になった吉野さんも学徒動員のため、日々兵器工場での戦闘機の部品作りに追われ、大好きだった動物園を訪れることはできなかった。
 多感な少年時代に、戦争によって動物と触れ合う機会が奪われたことを、吉野さんは悔しがる。
「本当に残念な時代だった。それまで当たり前だった楽しみができなくなったんだから」

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