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2015年9月20日 (日)

東山動物園(2) 殺された動物たち

先日の中日新聞に、東山動物園の戦時中のことが載っていた。

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 おりに近づくと、きばをむき出しにしたライオンが、襲いかからんばかりの勢いで眼前に迫ってきた。
当時小学生だった杉山美江子さん(86)=千種区若水=は迫力に圧倒され、一緒に見に来た祖父母の後ろに身を隠した。
 戦前の東山動物園で初めて見た猛獣たちは「大きくて、とにかく怖い」という印象だったが、何度か通ううちに、不思議と愛着が湧いた。
「世の中には、こんなに変わった生き物たちがいるのか」。
少女にとって、動物園は世界の広さを知る窓だった。
 だが、少女の思いとは裏腹に、日本は1941(昭和16)年12月の真珠湾攻撃で太平洋戦争に突入。
動物たちの苦難も始まる。
 戦局が悪化すると、爆撃でおりの中の猛獣が逃げ出して周辺住民に危害を及ぼす-との不安から、猛獣たちに注がれる視線は次第に険しくなった。
 東京の上野動物園で猛獣が毒殺されたとの情報が東山動物園にも届き、軍部からも何頭かの猛獣を処分するよう指示が出た。
43年秋、ライオンのうち1頭が、鋼鉄のワイヤで首を絞めて殺された。
 それでも、安全のためすべての猛獣を殺すよう求める住民の声はやまなかった。
決定打となったのは、翌44年12月13日の名古屋への大規模な空襲だ。
 警防団がその日のうちに動物園に詰め掛け、処分を迫った。
それまで「猛獣舎は頑丈だから逃げることばない」などと説き、「非国民」呼ばわりされながらも処分をしのいできた職員たちも、抗し切れなかった。
 軍と警察関係者が立ち会う中、地元の狩猟家らの手によってライオン2頭とヒョウ、トラ、クマ各1頭の計5頭が、45分の闇に次々と射殺された。
数日後には、ツキノワグマなどクマ8頭も犠牲になった。
 祖父母とともに動物園に通っていた杉山さんは、猛獣がいなくなっていることとに気づいた。
「どうしていなくなっちゃったの?」。
杉山さんが問いかけると、祖父母は静かに答えた。
「どこかに連れて行かれたんだよ」。
その後、杉山さんが何度行き先を聞いても、祖父母は「遠くにだよ」と答えるだけだった。
 戦後、猛獣たちが殺されていたことを知った杉山さん。
祖父母らが事情を知りながら、ごまかしていたことを悟った。
「孫に心配させたくないという、気遣いだったんでしょうね」。
祖父母の思いやりを懐かしむ。
 園内のライオン舎横には現在、かつて暮らした動物たちを慰霊する石碑が、ひっそりとたたずむ。
 戦時中や終戦直後の東山動物園で起きた話を描いた絵本「ぞうれっしゃがやってきた」の著者小出隆司さん(76)=中村区稲上町=は、その碑を見ると胸が熱くなる。
「戦争で死んだ動物たちや、動物を守ろうとかけずり回った園の関係者たちは無念だっただろう。今後もずっと思いをとどめていかないと」

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