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2017年3月18日 (土)

ゴリラを理解 手探り【向き合う】

先日の中日新聞に、東山動物園のゴリラの飼育のことが載っていた。

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170315zoo

 抱き上げると、冷たさが手に伝わった。
東山動植物園でニシローランドゴリラを担当した元飼育員の青山責さん(74)=長久手市=には、今もその感覚が残っている。
1988(昭和63)年2月の朝。
雌の「オキ」が獣舎の床に、わが子を産み捨てていた。
出勤して見つけた青山さんがバスタオルでくるんだが、もう息はしていなかった。
 虫歯が多かったオキは餌がまともに食べられず、やせていた。
青山さんは、家で握ったおにぎりを小さくちぎって手で食べさせた。
やっと体重が戻ったころに判明した妊娠。
でも、初産で何が起きたのか理解できず、オキはただ、動かなくなったわが子を遠くから眺めていた。
 当時の飼育員たちにとっても、ゴリラの出産は初めての経験だった。
「夜通し見ていれば、子どもを助けられたかもしれない」。
青山さんは今も、そんな思いを抱いている。
 60年代、世界でも例がない「ゴリラショー」で人気を博した東山のゴリラ。
ラッパを吹いたりバーベルを持ち上げたりする姿は、昭和の子どもたちを喜ばせた。
「見せる」ことに成功した東山が、次の目標に掲げたのが「繁殖」だった。
 初めての成功は、オキの失敗から15年後の2003年2月。
「ネネ」が雌の「アイ」を産み、園はお祝いムードに包まれた。
ただ、青山さんの後を継いだ飼育員の渋谷康さん(52)は素直に喜べずにいた。
 ゴリラは知能が高いだけに、人間との関係を築くのが難しい。
渋谷さんは1996年から担当に付いていたが、檻に近づくだけで餌を投げ付けられ、手ですくった水を浴びせられた。拒絶の態度。
ゴリラを見ることすら怖くなり、出産するまでネネの妊娠に気付くことができなかった。
 「ちゃんとやらなきゃ」。
奮起した渋谷さんは相手を理解するために、離れた場所から母子の動作を観察してノートに記録した。
「授乳 左乳房」
「指をくわえる」。
観察と記録は朝から夕方まで、2年間続けた。
 生態が分かり始めると、自分とゴリラが同じ空間にいる時間を少しずつ長くした。
警戒は薄れ、檻の際まで近づけた。
次は餌のリンゴやミカンを手渡す。
一歩、また一歩。
距離を縮めると、ゴリラの唇やまぶたに直接触れられるまでになった。
「面白い」。
やっと、そう思えた。
 12年、ネネが国内最高齢の推定40歳で第2子となる雄の「キヨマサ」を産んだ。
翌年にはアイが雌の「アニー」を出産し、人工保育から群れに戻す試みにも、東山は日本で初めて成功した。
 イケメンとして人気の「シャバーニ」を中心に、東山には5頭のゴリラがいる。
子が増えてにぎやかになった群れを見つめながら、渋谷さんは言う。
「ずっと手探り。今も確たる自信はありません」
 相手も自分と同じ、意思のある生き物。
向き合いながら、答えを探していくしかない。
それが命を預かる者の日常だ。

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