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2017年3月22日 (水)

復活願った百獣の王

先日の中日新聞に、東山動物園のライオンの飼育のことが載っていた。

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170321zoo

 1949(昭和24)年3月17日。
今から68年前のこの日、東山動植物園に1通の手紙が届いた。
 「ぼくはライオンがみたい。どうぶつをかうときにいっしょにつかってください」
 差出人は6歳の幼稚園児。
ためたお小遣い100円の定額小為替が同封されていた。
手紙を読んだ初代動物園長の北王英一さん(故人)はすぐに、動物の絵はがきにメッセージを書いて返信した。
 「あなた以上に私がもう一生懸命です。しばらく御待ち下さい」
 その絵はがきを、名古屋市昭和区の稲田正俊さん(74)は今も大切に持っている。幼いころの思い出が詰まった「宝物」だ。
 東山は戦時中、軍から「空襲被害で猛獣が逃げ出すと危険だ」と命令され、飼育していたライオン三頭を銃で3頭を撃つなどして殺した。
動物を守るはずの園がやむなく命を奪った暗い歴史。
戦後もしばらくライオンは不在で、幼稚園の遠足で訪れた稲田さんは「みたい」という気持ちを手紙にしたためた。
 園長の返信から4ヶ月後。
東山に5年ぶりとなるライオン1頭が米国からやって来た。
稲田さんは母親と見に行き、願いをかなえた。
「やっぱりライオンは動物園の顔。子どもながらに、強くてたくましい百獣の王の姿にあこがれた」
 その後も飼育を続けてきた東山に2012年6月、ライオンの子ども2頭が35年ぶりに生まれた。
雄の「ソラ」と雌の「ステラ」。
公開初日は稲田さんも大勢の来園者に交じって誕生を祝ったが、2頭は1歳を過ぎると首の甲状腺の腫瘍に悩まされた。
 原因は分からず、園の獣医師の田中書和子さん(39)が文献を調べても症例報告はない。
成長するに連れて腫瘍は膨らみ、ソフトボールよりも大きくなったステラは3歳になる前に手術を受けた。
摘出そのものは成功したが翌日に急死し、残されたソラは投薬治療を受けることになった。
 飼育員の小林隆志さん(44)が馬肉や鶏肉に錠剤を埋め込み、餌と一緒に食べさせている。
「できることを続けていくしかない」。
決して治ったわけではないが、薬が効いて腫瘍は半分以下の大き溝になった。
病気で遅れていた体の成長も進み、たてがみがようやく生えそろってきた。
 ソラが過ごすライオン舎の運動場は柵がなく、来園者が堀を挟んで自然に近い姿を眺めることができる。
80年前の開園時に造られた歴史ある施設だ。
 子どものころからこの場所を見つめてきた稲田さんは、今も時折、孫を連れて訪れる。
「生き物に接することで人は多くのことを学ぶ。自分も東山に育てられた一人だから」
 人にも動物にも同じように命がある。
視線の先で、ソラはきょうも病と闘っている。

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