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2017年3月16日 (木)

「自力で」結束 園の原点【アジアゾウ繁殖】

先日の中日新聞に、東山動物園のアジアゾウ繁殖のことが載っていた。

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270314zoo2  東山動植物園(名古屋市千種区)が1937(昭和12)年3月の開園から80年の誕生月を迎えた。
「種の保存」という役割を担い、国内最多の約500種類の動物、7000種類の植物を育んできた現場から、命をめぐる喜びと苦悩の歴史をひもとく。

 苦しいのだろう。獣舎の鉄扉に自分の頭を打ち付ける。
巨体をよじり、床を転げ回る。
陣痛に耐える母の姿を、人間はただ見守ることしかできなかった。
 東山動植物園で寄り添うアジアゾウの母「アヌラ」と娘の「さくら」を見るたびに、副園長の茶谷公一さん(49)は2013年1月29日の夜を思い出す。
アヌラの出産。
「本当に、よく生まれてくれました」
 妊娠が分かったのは開園75年の12年9月だった。
周囲は喜びに沸いたが、現場の係長だった茶谷さんら6人のチームは怖さすら感じていた。
 アジアゾウの国内での出産は当時4例。
うち2例は子ゾウが育たずに息絶えた。
アヌラの妊娠判明の翌月には静岡県の富士サファリパークで、パニックを起こした母ゾウに飼育員が踏まれて亡くなる事故も起きた。
 経験豊富な海外の象使いを招けばリスクは減るが、6人は「東山だけで成し遂げたい」と結束した。
自分たちの手で成功させてこそ、今後の繁殖につながると考えたからだ。
 東山の森が紅葉に染まる秋、12年11月。
茶谷さんはアヌラの故郷スリランカへ飛んだ。
69例の繁殖実績があるゾウ園の園長は、茶谷さんにこう助言した。
「母親の脚を鎖でつなげば事故はそう起こらない。恐れなくてもいい」
 それから出産までの2ヶ月間、東山の飼育員、辻信義さん(44)は、檻の鉄柵につないだ鎖をアヌラの脚にくくり付けて、出産時の動きを制限する練習を繰り返した。
おかげでさくらは無事に生まれてくれたが、チームがほっとする間もなくアヌラが暴れ始めた。
 立ち上がろうとしては倒れ、また立ち上がろうとしてだんだん離れるさくらが、自分の元を去ろうとしているのではないかと心配になったのだ。
 ここで人間が介入すれば育児放棄の危険が増す。
でも、これ以上暴れると事故を招く恐れがある。
「分けよう」。
チームはアヌラとさくらを別々の部屋に引き離した。
切羽詰まった決断だった。
 2日後、茶谷さんらはさくらを引いてアヌラに近づけた。
自分が母親であることを覚えているだろうか。
でも、不安はすぐに消えた。
さくらに気付くとシャワーのように母乳が噴き出した。
母性ホルモンの分泌による現象。
東山初の繁殖が成功した瞬間だった。
 アジアゾウはチンパンジーとともに、東山80年の歴史で1度も飼育が途絶えたことがない動物だ。
戦時中は軍に「空襲で檻が壊れて猛獣が逃げ出すと危ない」と殺処分を命じられたが、初代園長が「家畜だ」と主張して救った逸話もある。
 人間の歴史に翻弄されても守られてきた命。
東山はこの先もアジアゾウを絶やさないために、アヌラと雄の「コサラ」が一緒に過ごす時間をつくっている。
 「私たちにとってはスタートラインでした」。
4年前の出産をそう振り返る茶谷さんは種を未来に残すため、さくらにきょうだいができる日を待ち望んでいる。

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