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2017年6月の記事

2017年6月20日 (火)

レッサーパンダ 再来期待

先日の中日新聞に、レッサーパンダが再来するのに期待という記事が載っていた。

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 2019年度から千種区の東山動植物園にやってくるレッサーパンダ。
実は1982(昭和57)年以前に園にいた。
当時を知る飼育員木村勝さん(58)は「園でまた飼育できるんだ」と感慨深げ。
「来園者を楽しませてほしい」と願う。
 木村さんは、77(同52)年4月に飼育職員となり、最初に担当したのがヤギやヒツジなどと来園者が触れ合えるこども動物園。
その近くにレッサーパンダ舎があり、雄と雌の2頭がいた。
 当時は見習いのような立場で、親方が餌をやったり、掃除したりするのを見ていた。
主食のリンゴや生卵といった餌を準備し、おやつに園内に生えるササを毎日2・3束取りに行ったのを覚えているという。
「当時は珍しい動物だったから。将来は自分でやりたいなと憧れていた」と振り返る。
 動物の様子を確かめることも仕事だ。
時間が空いたときにはよく見に行ったという。
「明るい茶色の毛並みで目がばっちりして、かわいい顔つきだった」
 ただ、今ほどの人気はなかったという。
隣にはアニメ「あらいぐまラスカル」で人気に火が付いたアライグマが20頭いて「レッサーパンダは寝ていることも多いけど、アライグマは愛橋があるから目立っていた」とも。
 今回のレッサーパンダの導入は木村さんの退職後になる。
当時見習いだった木村さんも今では8人の飼育員をまとめる親方だ。
「意欲のある若い子に担当してほしいね。かわいさを知ってもらうのも飼育員の仕事。子どもたちを楽しませてほしい」。
2年後には、その様子を見に行くつもりだ。

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2017年6月13日 (火)

メダカ すみにくい時代

先日の中日新聞に、メダカがすみにくい時代という記事が載っていた。

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 メダカは、日本各地で3000を超える呼び名の方言があり、日本人に古くから親しまれてきた魚です。
童謡「めだかの学校」に歌われるほど、身近にいました。
それが今では、環境省のレッドリストで絶滅危惧主種となっていて、池や小川では簡単には見られなくなってしまいました。
 メダカの仲間は、アジアに生息しています。
田んぼと周辺水路に生息し、稲作の拡大とともに分布を広げました。
ところが、近年の日本では水田の減少、コンクリート水路の増加に伴う産卵場所である水草の減少、農薬使用やブラックバスなどの外来種による食害など、環境悪化によって減少しました。
メダカには、すみにくい世の中になってしまったのです。
 名古屋市内では、以前は調査した場所の約20%でしか生息が確認できませんでしたが、今はほぼ全区で確認されています。
しかし、産地不明の個体が池などに放されるなどしており、昔から名古屋にいたメダカはもういないと考えられています。
 東山動物園では、名古屋大学の先生が、平和公園にあった池で約80年前に捕獲して系統保存していたメダカを、「世界のメダカ館」ができたときに譲っていただきました。
今も繁殖保存しています。
これは生粋の名古屋産のメダカといえます。
東山動物園では勝手に「名古屋メダカ」と呼んでいます。
 2012年には今まで1種とされていたメダカが、2種であるという論文が出ました。
日本列島の広い地域に分布しているのがミナミメダカ、東北から北陸にかけての日本海側に生息するのがキタノメダカです。
これに従うと、名古屋メダカはミナミメダカになります。
世界のメダカ館では最近キタノメダカも展示しました。
メダカは依然1種という研究者もいますので、一度、両方を見比べていただくのも面白いかと思います。
 橋川央(東山公園協会動物会館長)

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2017年6月 6日 (火)

本来の生態 動物も「幸せ」

先日の中日新聞に、東山の展示方法が様変わりしてるという記事が載っていた。

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 開園80周年を迎えた東山動植物園(名古屋市千種区)が、動物の見せ方を変えている。
手狭な施設に入れて見せるのではなく、本来の生息環境に近い状態を再現し、その中で動物を見せる「生態的展示」に力点を置くようになった。
飼育される動物の「幸せ」も追求する取り組みだ。
一方、開園当初に造られた展示施設を、貴重な遺産としてどう利用していくかという課題もある。

自然に近く
アジアゾウの飼育施設「ゾージアム」。
4月末、15年ぶりに来園した千種区の主婦(63)は、ゾウを眺めながら「風景が様変わりした」と驚いた。
 「昔の施設は狭くて、ゾウが『入れられている』という感じ。
今は、自然の中でのびのびと動いていて見応えがある」
 2013年9月にオープンしたゾージアムは、新たに「生態的展示」を採り入れた施設だ。
国内最大級の3350m2の広さを誇り、ゾウが体をこすり付ける柱や泥遊び場、川に似せたプールを備え、より自然に近い環境を整えた。
黒辺雅実動物園長は「動物が安心して暮らすことができ、繁殖の成功にもつなげやすくなる」と強調する。

欧米に追随
 生息する環境を再現し、本来の生態や動きを見せる「生態的展示」は既に欧米で主流だ。
東山をはじめ国内では長らく動物自体を見せることを重視するあまり、手狭な施設が課題だった。
 日本動物園水族館協会(JAZA)によると、近年は従来型の施設を見直す動きが広がり、よこはま動物園ズーラシア(横浜市)や天王寺動物園(大阪市)などでも生態や環境ごと見せる展示を採用する。
国内外の動物園に詳しい協会の成島悦雄専務理事は「動物の福祉を重視する考え方は世界、日本の主流になっている」と話す。
 東山は開園100周年の36年度までに、老朽化が進んだ施設を造り直し、生態的展示への移行を進める。
併せて動物の分類ごとだった施設配置も見直し、生息地ごととにする。
既にゾージアムのある「アジアゾーン」のほか14年春に「北アメリカエリア」が完成した。
現在はイケメンゴリラ「シャバーニ」などの新居「アフリカゾーン」の建設が進み、園内は新たな姿へ生まれ変わりつつある。

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遺産の行方
 変化の過程で、歴史ある施設の取り扱いも課題だ。
例えば80年前からあるライオン舎は、堀を造ることで柵をなくした国内初の「無柵放養式」の猛獣舎。
日本の動物園史に名を刻む施設だが、再整備の計画でライオンは「アフリカゾーン」へ引っ越すことが決まり、いずれライオン舎から主はいなくなる。
 東山は歴史を象徴する施設として保存する方針だが、どう使うかば決まっていない。
黒辺園長は「ライオン舎を生かしたカフェやミュージアムなど、いろんなアイデアが考えられる」と語る。
その上で「歴史を紹介することも園の大切な役割。思い出を伝えられる場所にしたい」と話している。

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2017年6月 2日 (金)

巨大サボテン愛称付けてね

先日の中日新聞に、巨大サボテンに愛称をつけてほしいという記事が載っていた。

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 東山動植物園(千種区)は5月18日に公開した巨大なサボテン「ベンケイチュウ(学名カルネギエア・ギガンテア)」の愛称を募集している。
6月18日まで。

 べケイチュウが植えられた植物園のサガロ温室と、植物会館に備え付けた用紙に愛称を書き込み、応募箱に入れる。
7月2日に命名式を行い、命名者には鉢植えべンケイチュウや同園の年間パスポートなど記念品を贈る。
 西部劇でもおなじみのべンケイチュウは高さ15m、直径65cmにもなる最大級のサボテンで、米アリゾナ州とメキシコのソノラ砂漠が原産。
同園のベンケイチュウは高さ5.4m、直径40cm。
樹齢30年で、やや太めなのが特徴という。
1987(昭和62)年に日米友好の証しとして、アリゾナ州から同園に5本が贈られたが、今年に入り、最後の1本が枯れた。
開園80周年の目玉として、園が長野市の農家から1本を購入した。

 植物への愛称の募集は、同園では初めてという。
指導園芸係長の大橋淳子さんは「愛称を付けてかわいがってほしい。自由な発想で応募して」と話している。

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