カテゴリー「動物」の記事

2017年3月24日 (金)

仲間たち もっと間近に

先日の中日新聞に、東山動物園が80周年を迎えることが載っていた。

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 東山動植物園(千種区)で18日開幕した開園80周年記念事業(中日新聞社など主催)は、初日から1万8343人の来園者で大にぎわい。
昨年発生した鳥インフルエンザの対策も一部で続くが、新たに改修された獣舎で動物を間近に感じ、期間限定のイベントを楽しむ家族連れであふれた。
6月4日まで。

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 すぐ目の前まで迫るインドサイ。
よろいのようにごつごつした皮膚が特徴だ。
かつては4m離れた場所からしか見られなかったが、改修で2.6mまで近づけるようになった。
 家族で来た港区の末次優南ちゃん(5つ)は「角があって面白い」と大喜び。
ほかにも、スマトラトラ舎は一部がガラス張りになり、ユキヒョウ舎も2階部分が増設されて真下から眺められる。

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 植物園には期間限定で、広さ300平方mの「木ままな迷路」が登場。
来園者は間伐材で仕切られた通路を行ったり来たりしてゴールを目指した。

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 鳥インフルの影響で昨年12月から閉鎖していた「バードホール」と「小鳥とリスの森」は3ヶ月半ぶりに見学可能に。
仕切りのない空間で鳥を観察できるのが売りだったが、網やガラス戸越しでの公開となった。
 バードホールで網越しにカメラを向けた昭和区の無職佐々木英之さん(73)は「予防のためには仕方ない。見られるようになってよかった」。
全面公開は国内の流行が収束してからの見込みだ。

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2017年3月23日 (木)

東山動植物園開園80周年

先日の中日新聞に、東山動物園が80周年を迎えることが載っていた。

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 2017年3月、名古屋市の東山動植物園が開園80周年を迎えた。
動植物の観察や研究といった役割も果たしながら、長年にわたり来園者を楽しませてきた同園。
80周年を記念して誕生した新施設や特別な催しについて紹介するとともに、時代にあわせて進化し続けてきた歴史も振り返ってみたい。

時代に合わせて進化しながら常に魅力ある施設を目指して

 緑豊かで広大な敷地内に約500種の動物と、約7000種の植物を飼育・展示する東山動植物園。
1937(昭和12)年の開園から80周年を迎えた今年、これにに合わせて公開される新施設や催しが用意されている。
 スマトラトラの獣舎を改装し、従来よりも動物を観察しやすくなった「ドキドキスマトラトラ」。
これまでは2m程度離れた檻にいるトラを見ていたが、檻の一部がガラス張りになり、ガラス越しにトラを間近で鮮明に見られる環境になった。

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ユキヒョウの獣舎から張り出して上部に増設した「ぴょんぴょんユキヒョウ」は、動物の生態にあわせたリニューアル。
高山地帯に生息するユキヒョウにはジャンプをしたり、上下に移動する習性があるため、その動きを観察しようという目的だ。

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 貴重な資料や展示を大切に受け継ぐという思いが感じられる取り組みも。
植物園では、江戸時代末期から明治時代にかけて日本の医学、植物学の基礎を築いたと言われる、伊藤圭介の遺品が公開される。
杉田玄白らが翻訳した『解体新書』の原書である『ターヘル・アナトミア』と、シーボルトから贈られたという顕微鏡は、特別に公開される大変貴重な資料だ。
動物園では、開園1周年を記念して建設された恐竜像がリニューアルされ、周辺も整備される。
 植物園もめぐり、楽しみながら学んでもらおうという狙いから、迷路やターザンロープも新設された。
迷路内に植物や東山の歴史に関するパネルを掲示したり、ターザンロープは桜や新緑がきれいな場所に設けたりといった工夫がされている。

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教育、娯楽、動物の研究・繁殖。多様な役割を担ってきた80年

 動物園の前身は鶴舞公園にある。
1937(昭和12)年に東山へと移され、動植物園が開園した。
〝東洋一の動物園〟とも謳われたが、太平洋戦争時には猛獣の射殺や空襲などにより被害は甚大に。
再開国後は、戦禍を生き延びたアジアゾウを中心に、戦後復興期の子どもたちに希望を与える大きな役割を担った。
 昭和40年代から動物園の役割は徐々に変化しはじめ、”見る”動物園から〝知る、学ぶ”動物園へ。
動物にとって快適な環境となる獣舎や、教育の場として活用できる施意の充実が図られるようになった。
 2010(平成22)年には東山動植物園再生プラン新基本計画が策定され、”人と自然をつなぐ懸け橋へ”を目標に新たな取り組みがスタート。
動物が本来生息する環境に近づけた施設を設けることで、動物のいきいきとした姿を観察できる行動展示が積極的に取り入れられている。
 時代の二-ズにあわせて変化しながらも、自然と人とをつなぐという役割を大切にしてきた東山動植物園。
その思いは様々な取り組みを通じて来園者に伝えられている。

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2017年3月22日 (水)

復活願った百獣の王

先日の中日新聞に、東山動物園のライオンの飼育のことが載っていた。

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 1949(昭和24)年3月17日。
今から68年前のこの日、東山動植物園に1通の手紙が届いた。
 「ぼくはライオンがみたい。どうぶつをかうときにいっしょにつかってください」
 差出人は6歳の幼稚園児。
ためたお小遣い100円の定額小為替が同封されていた。
手紙を読んだ初代動物園長の北王英一さん(故人)はすぐに、動物の絵はがきにメッセージを書いて返信した。
 「あなた以上に私がもう一生懸命です。しばらく御待ち下さい」
 その絵はがきを、名古屋市昭和区の稲田正俊さん(74)は今も大切に持っている。幼いころの思い出が詰まった「宝物」だ。
 東山は戦時中、軍から「空襲被害で猛獣が逃げ出すと危険だ」と命令され、飼育していたライオン三頭を銃で3頭を撃つなどして殺した。
動物を守るはずの園がやむなく命を奪った暗い歴史。
戦後もしばらくライオンは不在で、幼稚園の遠足で訪れた稲田さんは「みたい」という気持ちを手紙にしたためた。
 園長の返信から4ヶ月後。
東山に5年ぶりとなるライオン1頭が米国からやって来た。
稲田さんは母親と見に行き、願いをかなえた。
「やっぱりライオンは動物園の顔。子どもながらに、強くてたくましい百獣の王の姿にあこがれた」
 その後も飼育を続けてきた東山に2012年6月、ライオンの子ども2頭が35年ぶりに生まれた。
雄の「ソラ」と雌の「ステラ」。
公開初日は稲田さんも大勢の来園者に交じって誕生を祝ったが、2頭は1歳を過ぎると首の甲状腺の腫瘍に悩まされた。
 原因は分からず、園の獣医師の田中書和子さん(39)が文献を調べても症例報告はない。
成長するに連れて腫瘍は膨らみ、ソフトボールよりも大きくなったステラは3歳になる前に手術を受けた。
摘出そのものは成功したが翌日に急死し、残されたソラは投薬治療を受けることになった。
 飼育員の小林隆志さん(44)が馬肉や鶏肉に錠剤を埋め込み、餌と一緒に食べさせている。
「できることを続けていくしかない」。
決して治ったわけではないが、薬が効いて腫瘍は半分以下の大き溝になった。
病気で遅れていた体の成長も進み、たてがみがようやく生えそろってきた。
 ソラが過ごすライオン舎の運動場は柵がなく、来園者が堀を挟んで自然に近い姿を眺めることができる。
80年前の開園時に造られた歴史ある施設だ。
 子どものころからこの場所を見つめてきた稲田さんは、今も時折、孫を連れて訪れる。
「生き物に接することで人は多くのことを学ぶ。自分も東山に育てられた一人だから」
 人にも動物にも同じように命がある。
視線の先で、ソラはきょうも病と闘っている。

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2017年3月20日 (月)

地道な生態調査、結実

先日の中日新聞に、東山動物園のコアラの飼育のことが載っていた。

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 東山動植物園のアイドル、コアラ。
週末の飼育施設は大勢の人でにぎわう。
その施設の天井から、16台のカメラがにらみを利かせている。
・・・といっても、来園者を監視しているわけではない。
 24時間、休みなくカメラが見つめているのは7匹のコアラ。
東山が撮影を始めたのは、多摩動物公園(東京)、平川動物公園(鹿児島)とともに日本で初めて飼育を始めた1984(昭和59)年からだ。
 初代の飼育員、佐藤正祐さん(62)は、オーストラリアのタロンガ動物園からコアラが到着したときの戸惑いを思い出す。
雄2匹を連れてきた現地のベテラン飼育員は「神経質だから刺激しないように」と助言してくれた。
でも、何せ日本では誰も飼ったことがない動物。
どう接すればいいのか、さっぱり分からなかった。
 佐藤さんら4人の飼育チームが手探りで始めたのが、まず相手を知ること。
カメラでの撮影は、そのための手段の一つだった。
 餌のユーカリを食べた。寝た。地面へ下りた。木に登った。鳴いた・・・。
記録映像を事務室のモニターに早送りで映しながら、何時何分に何をしたのか、1匹ずつ、行動調査票に記入した。
カメラの他にも双眼鏡をのぞいて呼吸数を調べ、地面に落ちた丸っこいふんを集めて、いくつあるのか数え上げた。
 地味な作業。「やって意味があるのだろうか」と半信半疑だったが、データが蓄積されるに連れて、少しずつ生態が見えてきた。
 木の上で暮らすコアラが頻繁に地面へ下りるのは発情のサイン。
月1回ほど、夜に下りることが多く、春は最も活発だ。
餌を食べる量が減るのは体調不良だけでなく、これも発情の兆候だと分かった。
佐藤さんは「膨大なデータから導ける答えは、ほんのわずか。
でも、それが大切でした」と話す。
 84年の初来日から33年。
飼育員の山部桂子さん(34)は、かっての佐藤さんと同じようにモニターに向かっている。
 昨年2月、雌の「ティリー」が夜中に何度も地面へ下りていた。
数日分の行動調査票昇見返し、飼育員らはそれがティリーからのサインだと確信した。
タイミングを見計らい、普段は分けて飼育している雄と一緒にした。
 コアラの妊娠期間は約35日と短い。
ティリーは翌月、雄の赤ちゃんを産んだ。
名前は「ピーター」。
今月に入って親離れするまで、ティリーにおんぶされる姿が「かわいい」と話題を呼んだ。
 東山はタロンガ動物園と96年9月に姉妹提携し、これまでに16匹のコアラが贈られた。
今月17日には新しく4歳の雄「マックス」が来園する。
 地道に築いた飼育方法が、母国でも信頼されている証し。
「決して楽ではないけれど、得られるものは大きい」。
山部さんはモニターを見ながら、そう実感している。

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2017年3月18日 (土)

ゴリラを理解 手探り【向き合う】

先日の中日新聞に、東山動物園のゴリラの飼育のことが載っていた。

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 抱き上げると、冷たさが手に伝わった。
東山動植物園でニシローランドゴリラを担当した元飼育員の青山責さん(74)=長久手市=には、今もその感覚が残っている。
1988(昭和63)年2月の朝。
雌の「オキ」が獣舎の床に、わが子を産み捨てていた。
出勤して見つけた青山さんがバスタオルでくるんだが、もう息はしていなかった。
 虫歯が多かったオキは餌がまともに食べられず、やせていた。
青山さんは、家で握ったおにぎりを小さくちぎって手で食べさせた。
やっと体重が戻ったころに判明した妊娠。
でも、初産で何が起きたのか理解できず、オキはただ、動かなくなったわが子を遠くから眺めていた。
 当時の飼育員たちにとっても、ゴリラの出産は初めての経験だった。
「夜通し見ていれば、子どもを助けられたかもしれない」。
青山さんは今も、そんな思いを抱いている。
 60年代、世界でも例がない「ゴリラショー」で人気を博した東山のゴリラ。
ラッパを吹いたりバーベルを持ち上げたりする姿は、昭和の子どもたちを喜ばせた。
「見せる」ことに成功した東山が、次の目標に掲げたのが「繁殖」だった。
 初めての成功は、オキの失敗から15年後の2003年2月。
「ネネ」が雌の「アイ」を産み、園はお祝いムードに包まれた。
ただ、青山さんの後を継いだ飼育員の渋谷康さん(52)は素直に喜べずにいた。
 ゴリラは知能が高いだけに、人間との関係を築くのが難しい。
渋谷さんは1996年から担当に付いていたが、檻に近づくだけで餌を投げ付けられ、手ですくった水を浴びせられた。拒絶の態度。
ゴリラを見ることすら怖くなり、出産するまでネネの妊娠に気付くことができなかった。
 「ちゃんとやらなきゃ」。
奮起した渋谷さんは相手を理解するために、離れた場所から母子の動作を観察してノートに記録した。
「授乳 左乳房」
「指をくわえる」。
観察と記録は朝から夕方まで、2年間続けた。
 生態が分かり始めると、自分とゴリラが同じ空間にいる時間を少しずつ長くした。
警戒は薄れ、檻の際まで近づけた。
次は餌のリンゴやミカンを手渡す。
一歩、また一歩。
距離を縮めると、ゴリラの唇やまぶたに直接触れられるまでになった。
「面白い」。
やっと、そう思えた。
 12年、ネネが国内最高齢の推定40歳で第2子となる雄の「キヨマサ」を産んだ。
翌年にはアイが雌の「アニー」を出産し、人工保育から群れに戻す試みにも、東山は日本で初めて成功した。
 イケメンとして人気の「シャバーニ」を中心に、東山には5頭のゴリラがいる。
子が増えてにぎやかになった群れを見つめながら、渋谷さんは言う。
「ずっと手探り。今も確たる自信はありません」
 相手も自分と同じ、意思のある生き物。
向き合いながら、答えを探していくしかない。
それが命を預かる者の日常だ。

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2017年3月16日 (木)

「自力で」結束 園の原点【アジアゾウ繁殖】

先日の中日新聞に、東山動物園のアジアゾウ繁殖のことが載っていた。

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270314zoo2  東山動植物園(名古屋市千種区)が1937(昭和12)年3月の開園から80年の誕生月を迎えた。
「種の保存」という役割を担い、国内最多の約500種類の動物、7000種類の植物を育んできた現場から、命をめぐる喜びと苦悩の歴史をひもとく。

 苦しいのだろう。獣舎の鉄扉に自分の頭を打ち付ける。
巨体をよじり、床を転げ回る。
陣痛に耐える母の姿を、人間はただ見守ることしかできなかった。
 東山動植物園で寄り添うアジアゾウの母「アヌラ」と娘の「さくら」を見るたびに、副園長の茶谷公一さん(49)は2013年1月29日の夜を思い出す。
アヌラの出産。
「本当に、よく生まれてくれました」
 妊娠が分かったのは開園75年の12年9月だった。
周囲は喜びに沸いたが、現場の係長だった茶谷さんら6人のチームは怖さすら感じていた。
 アジアゾウの国内での出産は当時4例。
うち2例は子ゾウが育たずに息絶えた。
アヌラの妊娠判明の翌月には静岡県の富士サファリパークで、パニックを起こした母ゾウに飼育員が踏まれて亡くなる事故も起きた。
 経験豊富な海外の象使いを招けばリスクは減るが、6人は「東山だけで成し遂げたい」と結束した。
自分たちの手で成功させてこそ、今後の繁殖につながると考えたからだ。
 東山の森が紅葉に染まる秋、12年11月。
茶谷さんはアヌラの故郷スリランカへ飛んだ。
69例の繁殖実績があるゾウ園の園長は、茶谷さんにこう助言した。
「母親の脚を鎖でつなげば事故はそう起こらない。恐れなくてもいい」
 それから出産までの2ヶ月間、東山の飼育員、辻信義さん(44)は、檻の鉄柵につないだ鎖をアヌラの脚にくくり付けて、出産時の動きを制限する練習を繰り返した。
おかげでさくらは無事に生まれてくれたが、チームがほっとする間もなくアヌラが暴れ始めた。
 立ち上がろうとしては倒れ、また立ち上がろうとしてだんだん離れるさくらが、自分の元を去ろうとしているのではないかと心配になったのだ。
 ここで人間が介入すれば育児放棄の危険が増す。
でも、これ以上暴れると事故を招く恐れがある。
「分けよう」。
チームはアヌラとさくらを別々の部屋に引き離した。
切羽詰まった決断だった。
 2日後、茶谷さんらはさくらを引いてアヌラに近づけた。
自分が母親であることを覚えているだろうか。
でも、不安はすぐに消えた。
さくらに気付くとシャワーのように母乳が噴き出した。
母性ホルモンの分泌による現象。
東山初の繁殖が成功した瞬間だった。
 アジアゾウはチンパンジーとともに、東山80年の歴史で1度も飼育が途絶えたことがない動物だ。
戦時中は軍に「空襲で檻が壊れて猛獣が逃げ出すと危ない」と殺処分を命じられたが、初代園長が「家畜だ」と主張して救った逸話もある。
 人間の歴史に翻弄されても守られてきた命。
東山はこの先もアジアゾウを絶やさないために、アヌラと雄の「コサラ」が一緒に過ごす時間をつくっている。
 「私たちにとってはスタートラインでした」。
4年前の出産をそう振り返る茶谷さんは種を未来に残すため、さくらにきょうだいができる日を待ち望んでいる。

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2017年3月14日 (火)

大迫力 心トラえる

先日の中日新聞に、東山動物園のスマトラトラ舎の改修が載っていた。

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 東山動植物園(名古屋市千種区)の開園80周年を記念して改修されたスマトラトラ舎などが3日、報道陣に公開された。
80周年記念事業(中日新聞社など主催)が始まる18日から来園者に披露される。
 スマトラトラ舎は金網の一部がガラス張りになり、この日は居合わせた来園者らが雌の「ダマイ」を臨場感たっぷりに観賞。
ユキヒョウ舎は新たに金網の2階部分が増設され、雌の「リアン」が本来生息する山岳地帯に近い動きを見せた。
 七十九年前に開園1周年記念で造られたコンクリート製の恐竜像3体(高さ最大8.4m)は18日から公開予定だったが、昨年末の鳥インフルエンザ発生で修復工事が遅れたため4月下旬にずれ込む。
 この日80周年を迎えた植物園でも、所蔵する西洋医学書の翻訳版「解体新書」の原書と、ドイツ人医師シーボルトが名古屋出身の植物学者に贈った顕微鏡が報道陣に公開された。
東山での公開は10年ぶり。18日から園で展示する。
 植物園は一九三七(昭和12)年3月3日、動物園は24日に開園した。
記念事業は今年6月4日まで。

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2017年3月 7日 (火)

最大の両棲類、繁殖挑戦

先日の中日新聞に、東山動物園のオオサンショウウオが繁殖挑戦と載っていた。

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 オオサンショウウオは本州の岐阜県以西、特に中国地方に多く、四国、九州では一部の地域に生息する日本固有種で、特別天然記念物に指定されています。
体の大きさは全長151cmが最大記録で、チュウゴクオオサンショウウオとともに世界最大の両生類です。
 オオサンショウウオは3000万年前の化石と同じ形をしていることから、生きた化石と言われ、現存する3種は日本、中国、北米だけに生息しています。
このため、ヨーロッパでは18世紀初めに発見された化石が何かわからず、形が人に似ているところから、聖書に書かれているノアの大洪水で死んだ子供の化石と考えられました。
これから約100年後にシーボルトが日本から持ち帰ったオオサンショウウオで化石の正体が明らかになり、世界的にオオサンショウウオが紹介されました。
 愛知県では犬山市と瀬戸市の限局した川に生息していて、まれに庄内川で上流から降下してきたと思われる個体の発見例があります。
 名古屋市内には生息していませんが、2005年に堀川で目撃されてニュースになったことがありました。
その後行方不明となり1年後に見つかった死骸がおそらく同一個体と考えられました。
どうして堀川にいたのかは謎ですが、瀬戸市の個体が庄内川を経由して堀川へきたとか、誰かが放したのではないかなどと憶測されました。
江戸時代の猿候庵日記によると、1819(文政2)年に今の中川で捕まった個体が広小路で見せ物になったという記録がありますが、見せ物になるぐらいですから、当時も珍しかったようです。
 東山動物園では現在6頭のオオサンショウウオを飼育しています。
いずれも日本で唯一飼育下繁殖に成功している広島市安佐動物公園生まれです。
安佐動物公園では自然の山水を引いた屋外の飼育施設で繁殖に成功していますが、完全な閉鎖式循環水の飼育環境での繁殖例はありません。
そこで、自然動物鮨の屋内展示室には巣穴が作ってあり、冬の水温が5度以下にならないと、初秋の繁殖がうまくいかないので、クーラーを付けて、ここに5頭を入れています。
こうして初めての繁殖に取り組んでいるところなので、巣穴に入って見えない時もありますが、ご了解ください。
屋外にいる1頭は比較的見えますので、両生類最大の大きさを実感してみてください。
 橋川央(東山公園協会動物会館長)

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2017年2月21日 (火)

「ミュウ」3月6日転出

先日の中日新聞に、東山動物園のユキヒョウが転出すると載っていた。

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 東山動植物園(千種区)は2月20日、飼育しているユキヒョウの「ミュウ」が甲府市遊亀公園付属動物園へ3月6日に転出すると発表した。
昨年12月に転出予定だったが、東山で発生した鳥インフルエンザの影響で延期されていた。
 ミュウは13歳の雌。
2012年2月に繁殖のため神戸市王子動物園から貸与でやって来た。
雄の「ユキチ」とペアにしたが繁殖には至らず、次の借受先の甲府へ移ることになった。
 昨年末の延期は、動物の移動による感染拡大のリスクを避けるため、東山、甲府の双方で協議しての判断だった。
今回の転出で東山のユキヒョウは雄のユキチとコハク、雌のリアンの三頭になる。

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2017年2月 7日 (火)

木登りタヌキ 人気

先日の中日新聞に、東山動物園の木登りタヌキが人気と載っていた。

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 東山動植物園(千種区)に、木によじ登るタヌキがいる。
その姿が「かわいい」と来園者を喜ばせるが、見ることができるのは寒い冬場だけ。
タヌキなりにいろいろと事情があって、普段はあまり寄り付かない木の上が「安住の地」になったらしい。
 タヌキ8匹を飼育している屋外施設「タヌキの里」。
普段は敷地に植えてあるササの茂みに身を隠していることが多いが、決まった2匹だけは植木のクヌギに登り、高さ五mほどの枝分かれした場所に居座る。
 圃によると、木に登るようになったのは2015年春ごろ。
餌や縄張りをめぐってけんかが起き、いつも負けてしまう体の小さな2匹が木の上へ逃げるようになった。
強いタヌキは体が大きいせいか木へ登ることばなく、2匹にとっては格好の逃げ場だったようだ。
 かつては季節を問わず登ることがあったが、最近はもっばら冬にばかりみられる行動だという。
飼育員の加藤俊紀さん(30)は「木の上は日なたぼっこができて暖かい。登っているうちに、居心地が良い場所だと気付いたのでは」と話す。
タヌキの里は午前中、そばにある建物の日陰になって寒いが、高い木の上だと日が当たる。
そのせいか、晴れた午前中にのんびりと寝ていることが多い。
 タヌキは野生でも木に登ろうとすることがあるが「一般にあまり知られていないので驚く来園者が多い」と加藤さん。
ゾウやゴリラなどに比べればあまり注目を浴びることがないだけに「これから人気者になってくれるといい」と期待している。
冬場でも雪や雨などで日が出ない場合は登らないという。

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